IT技術とトマトをたのしむ

新しいことを取り入れたく始めました

鈍感すぎる

鈍感すぎます

普段は営業とデスクワーク

次第にデスクワークとなり

体を動かさない毎日となりました

 

動かさないといっても、テレビなどのインタビューや

アンケートにあるそもそも一般的なサラリーマン?に

よくある話ではないでしょうか

 

徒歩だけ通勤

コロナ渦においても相変わらず、いつもの通勤でした

休みになれば、家事や買い物で出る程度

きまぐれの自転車かウォーキング

 

今年の健康診断もイマイチだしー

早起きしてやってみるか

 よし、川沿いを走るぞ

 ここから、あの大きな道路を越えたコンビニまでとしよう

 途中歩かず、早歩き以上でやってみようと

距離にして200mぐらいでしょうか

             

・・・・半分で走れなくなりました

そのときです、おかしいなと思ったのは

 手は膝へ、膝を折り曲げ、頭は地面へ下がり

 息が吸えない、やばい、倒れる、

 え? もしかしてこのまま死ぬ?

 

それぐらい、呼吸ができませんでした

 このままではまずい、全力で空気を吸い続けても

追いつかない、ぜーぜー感

 

人を呼ばなくては!

 地面に手をついてしまおうか

 それぐらい吸いたくても、吸えませんでした

 

鈍感でした

 まさかアレになっていたなんて思いもしなかった

 

健康診断は6月

その時期がやってきました

それまで毎朝早起きして川沿いをランニングをしていました

 おれ、運動不足すぎるよね、息切れやばいし、

 検診までやれば、CからB、DからCとかなるかなー

 朝は走るよと伝えていた

    検診判定(A、B、C、D、E、E2・・・)

 

体は慣れつつあるものの、無理をすると呼吸がおいつかなくなる

これだけは、変わりがありませんでした

学習したわたしは、そうなる前に足をとめ、また走りを続け

コンビニまでをゴールと決めて、朝の暖かコーヒーを飲んでいました

 

健康診断の日

コロナが濃厚ですと診断されてから病院はパニック

大きな病院を紹介されました

 

この衝撃、すごかったです

 レントゲンは真っ白

まさか、コロナだったからあんなに呼吸が?

健康診断所も待機している患者は中断

2時間ぐらいそこで、ゴタゴタしていました

見つからないんです、電話もでません

先生があちこち電話をしてもそんな状態でこれがコロナなんだと

ドキドキしたし、待たされている人たちはたくさんいる

 

もう焦りとどうしよう、ごめんなさい状態でした

カーテンを開けて待合室に出て行くのが怖かったです

会話もだだもれ、察している患者のまなざし

 

 

そのまま紹介された大きな病院へいくことに

しかし、コロナではなかったのです

初診では

もし、仮にこれが癌であるなら、から切り出され

ステージ4と言われました

あの衝撃はすごかったです

 

そのあと家族のことで頭がいっぱいになり

もう帰れないなと思いました

このようになるまで、気づけなかったとは

あのときに呼吸異常を思い出しました

ほんと、なんでしょうか

馬鹿、鈍感すぎる、不疑義と思わない自分がいかに鈍感か

あの異常とも思えた酸素不足の感覚はいまも覚えている

 

詳しいことは検査入院してからだと

結果、サルコイドーシス

肺に無数の肉腫が発症していて、基本は手術は無理です

ステロイド治療となります

 

ステロイド定量は体重で計算するようです

初回は外来治療ギリギリの30mgでした

やっぱりかのうなら仕事は続けたいし、生活があるし

外来で問題がないかは、やってみないとわからない

効くのか?!

 

一応、薬は相性がよかったらしく徐々に減りましたが

いまだに完治はしてません

たぶん一生ものです

 

人によっては治るし、サルコイドーシスになっていることすら

知らずに完治しているケースがあるようです

肺だけではなく、皮膚や心臓などもあります

怖いですよね

2020年からですので本当になぜ?です

遺伝ではないようですが、突然・・・・

 

ストレスからくる病気なのでしょうか

 

大丈夫だ

気のせいだろう

運動不足だしね

仕方ないよ

そのうち体も慣れるさ、走れるさ

 

いいように、いいように自己納得していました